ベンツの売れ行きにみる経済格差

ベンツがカローラよる売れているところがあるって本当?

最善か無か――メルセデスにこだわるわけ

Sクラス

94年には、C、E、S、SLとわずか4車種だったメルセデスも、現在は、コンパクトカーのAクラスやファミリータイプのRクラスなど17車種に拡充した。

それがプレミアム・ブランドというイメージを崩したという声も……。
 
実際、顧客の中には、ベンツ以外の車を求める客も増えてきた。


ベンツが大衆車?


「以前は、メルセデスに乗っているといえばステイタスであり、現在なら家にプールがあったり、クルーザーを持っていたりするのと同様の感覚でした。

それが今では、六本木や麻布の交差点で信号待ちをしていると、まわりの車がメルセデスだらけということがあります。

”ベンツは、もう大衆車だ”というお客さまもいらっしゃいます」

顧客には、あたかも眼鏡やスーツを替えるような感覚で、車を乗り換える人も多い。

4、5台持っているという人もざらにいる。

そんな客に、昨年だけで、ロールスロイス、ベントレー、フェラーリ、ポルシェ、アルピナなど約20台の新車を提供した。

「お客さまに依頼されると断れませんから、他の輸入車ディーラーの優秀なセールスマンたちと強固なネットワークを作って対応しています。

メルセデスのセールスマンとしては、他のメーカーの車を提供するのはいかがなものかと自分でも思います。

ただ、それ以上に、お客さまにとっての”くるま屋”でいたいのです」


強く共感する理念がある限り・・・


とはいえ、メルセデスへの強い愛着がある。

「一つのものに対して、きちんとした理屈があるのが、メルセデスたるゆえんです。

そこに大変共感していました。
 
ところが、最近では、パワーウインドーのスイッチにしても、他車と同様にドアについています。

たしかにスイッチとレギュレーターモーターの場所は、近いほうがよりコスト的には優れています。

しかし、かつては、なぜギアの横(中央)にパワーウインドーのスイッチがあるのかという質問にも、”車が横転し運転手が気を失っても、みんなが手を伸ばしやすい場所にあるのです”と自信を持って答えていたのです。

今は、コスト削減という名目で、そのメルセデスらしさが少しずつ失われつつあると感じています」

コストカット、市場拡大、………。

かつては高品質で高価格の車を少量生産していたメルセデスも、今、重要な改革期を迎えている。

「4輪ガソリン車を発明し、現在のメルセデス・ペンツの礎を作ったゴットリープ・ダイムラーが、″最善か無か″という言葉を残しています。

車とはかくあるべきものという信念のもと、最善を尽くし妥協しない。

メルセデスの企業理念は、脈々と受け継がれているものだと考えています。

車としてのトータルバランスや安全性などは、やはり今でも他の追随を許していません。

そしてなによりも、運転しやすい。

このように、車に対する思想や哲学が多少なりとも貫かれている限り、私はメルセデスのセールスマンでいたいと思っています」

”最善か無か” (ダス・ベスト・オーダ・ニヒト)――。

最高水準を維持するために安易な妥協はしない。

このメルセデスの根源的な精神は、営業スタイルにも受け継がれているようだ。

「メルセデス・ベンツ120年の歴史とブランドに抱かれて、仕事をさせてもらっているのです。

この気持ちだけは失いたくありません。

その上で、お客さまには最善のサービスか提供していきたいのです」


クルマ好きの少年のように

「昨日は医師のお客さまのご自宅で商談がありました。

ご多忙な方なので、早朝の時間帯になってしまいましたが、1時間ほど、ご自身がメルセデスにどれほどこだわりを持っていたか、お話ししてくださいました。

その後、テレビで活躍しているタレントの方とS500ロングの契約をするために、芸能事務所に参りました。

売れない時に夢見たメルセデスを、努力されてようやく購入できた喜びを語っていらっしやいました」

顧客の喜びは自分の喜び。表情を見ていると、それがヒシヒシと伝わってくる。

「さらに、ある会社社長のメルセデスの不具合を会社までチェックしに行き、そのついでに、最近のメルセデスのことについて説明させていただきました。

 ”S600のロングは、やっぱりいいなあ。でも、最近のはフェンダーが気に入らないんだよね”

最後は、メルセデス以外の車の話にもなり、1時間半ほど話し込んでしまいました」

営業や商談もしているのだろうが、それ以上に車そのものの話題に時間を割いている。

「私のお客さまが車の話をするときは、おもちゃを自慢し合う少年のように、瞳をきらきらさせています。

そして、お忙しいのにと、こちらが気をもむくらい時間を忘れて話されます」

そう語る瞳もまるで少年のように輝いている。